調理師になるため沖縄に渡り、そして帰ってきた男の記録(主に食べ物日記)
by harumaki-33
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母の料理
 平成24年4月9日、午前10時22分。
 母が永眠しました。
 1年10ヵ月の闘病の末でした。

 67歳と6ヵ月。享年69歳。
 正直、もっと長生きしてほしかったです。
 ひじょーにポジティブな人で、自分の体に起きていることを正確に理解しながら(その痛みさえも冷静に分析し)、覚悟しつつも、治ることを諦めていませんでした。
 その姿勢には、介護する側のほうが励まされていました。

 人に尽くすのが、嫌いではない人でした。
 本人は「仕事ばっかりで、ろくに子供をかまってあげられなくて、申し訳なかった」と言っていましたが、母は体力の限界まで私たちに愛情を注いでくれていたと、本心で思っています。
 そして身内以外の人にも、料理の差し入れをしたり、どこかに行くと聞けば車を出したり、甲斐甲斐しいと言えるほど、働く人でした。

 料理をするのが、大好きな人でした。
 料理のほかにも、俳句をやったり、草花を育てたり、いろいろと多彩な人でしたが、なかでもとくに料理は好きだったと思います。
 自分も食べることが好きで、美味しいものを食べることが幸せで、その幸せを分かち合いたい・・・そんなスタンスが母の料理をする姿から感じられました。

 子供のころ、母が料理をする姿を見ているのが好きでした。
 小さな体で、一生懸命作るのです。
 楽しそうでもあり、真剣でもあり、そういうのをひっくるめて、一生懸命に作る。
 「どう? 美味しい? よ~かった♪」と、妙なフレーズで締めくくりました。
 そういう姿を見ていて、自分も自然と料理に興味を持ち、そして好きになりました。
 僕の料理の原点は間違いなく母であり、料理を好きになったのも、母のおかげと言って間違いありません。

 母の料理は、そのどれもがシンプルでした。
 母の料理は、ほとんどがテレビや雑誌で紹介されていたものがベースになっています。
 母はそれらのレシピを何度も作り、味わい、噛み砕き、自分流に組み立て直して自分のレシピに作りあげてきました(もちろん、紹介されたレシピそのものもあります)。
 母の料理には自己流とは言え、きちんと理論があり、「適当にアレンジしたもの」とは、一線を画したものがありました。

 母はよく、「簡単で、安くて、美味しいものしか作らない」と言っていました。
 仕事をしていたため、仕事が終わってから作る料理に、そんなに手間をかけていられなかったという事情もあります。
 それでも母の料理には、ひと工夫も、ふた工夫もされていました。
 「省いていい手間は省く。省いてだめな手間は省かない」とも、よく言っていました。

 母は僕に、いくつも料理のレシピを残してくれました。
 母が作ってくれた料理のなかで、トップ10を挙げるなら、

・バター焼きおにぎり
・五目寿司
・お稲荷さん
・筍とニシンの煮もの
・豚バラ肉と玉ねぎのケッチャップ和え
・大根とにんじんのなます
・大根とシーチキンの煮もの
・茄子のしぎ焼き
・鶏ササミの梅肉はさみフライ
・田芹の天ぷら
・ピーマンの佃煮
・茄子の中華風おひたし
・れんこんのキンピラ
・太巻き寿司
・さがんぼの煮付け
・しもつかれ
・メンマ
・青とうがらしの油炒め
・かぼちゃの煮っころがし
・さと芋のバターしょうゆ炒め




 どれもこれも好きで、トップ10なんて決められません。
 母の料理は、本当にどれもこれも美味しかった……。

 今、母の味というよりは、母の料理をする姿を思い出しながら料理をしています。
 変な話かもしれませんが、味より、レシピより、その姿を思い出しながら作るほうが、料理がうまく仕上がるような気がしています。
 今、改めて料理をするのが楽しいです。
 もともと料理は好きなのですが、それにしても料理ってこんなに楽しかったっけ? と思うほどです。

 母が死んで、悲しいです。
 俺ってマザコンだったのか!? と、自分を疑うほどに。
 ただ、僕のなかには母の味が生きています。
 これだけは無くしたくありません。

 これからも、母から受け継いだ料理を、作り続けたいと思います。
 そして出来れば、いろんな人にも食べてもらいたいと思っています。
 母がそう思いながら、料理していたように。

 母の記憶を、この広大なネットの海に残したくて、つらつらと駄文を重ねてしまいました。
 こんな我儘な文章を、最後まで読んでいただき、感謝します。
 ありがとうございました。

 産んでくれた母に感謝。
 育ててくれた母に感謝。
 美味しい料理を教えてくれた母に感謝。
 ありがとう。ありがとう。大好きでした。
 
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by harumaki-33 | 2012-04-29 01:30 | 雑記
生きてますっ!
ここのところ、バタバタしててブログの更新を怠っています。
ブログを書く時間はあっても、記事にするようなネタがなかったり……。
新しい料理をしていないっつーことですね!(^^;

先日、母に教えてもらった料理メモ。

・手抜きおこわ
・鶏ささみのマヨネーズ焼き
・炊飯器で作るバナナチーズケーキ
・ネギ豚煮

どれも美味しかったですが、ささみのマヨネーズ焼きは簡単で、安価で、
おかずにも、肴にもオススメ。

ササミの筋を取り、酒と塩で下味をつける。
フライパンを弱火にかけ、マヨネーズを落とし、ササミを入れ絡める。
ふたをして、ふっくらと蒸し焼きにする。胡椒をふる。

以上! 弱火でじっくりが、ふっくらと仕上げるコツです。
ぜひやってみてください。
 
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by harumaki-33 | 2012-04-06 07:56 | 雑記